この本は嘉永4年(1851)に刊行された、絵入り道中案内記(全4冊本)です。
広重の絵とはいっても、保永堂版に始まる、東海道錦絵シリーズの華やかな表現とは違い、写生にも似た地味な挿絵が続きます。凡例では写真(ありのままを描くこと)ではなく、趣をとるといいますが、それがむしろ真に近いこともあります。更に、戯作者柳下亭種員による名所解説を加えているので、非常に読みやすい本に仕立てられています。道中も東海道だけでなく、寄り道して名勝地の金沢八景・鎌倉・大山・秋葉街道・鳳来寺山・伊勢の光景も収録しています。
本書の奥付を見ますと、江戸の恵比寿(笑寿)屋庄七の発行であることがわかりますが、実は藤岡屋慶次郎刊行本の求板後印本です。藤岡屋版と本書のような恵比寿屋版は、印刷の時期を異にする同版本なのです。東北大学狩野文庫本の藤岡屋版と比較した結果、上編の巻首7丁(品川まで)と下編末の種員跋文の首2丁のみが別版で、他は同版です。同版後印本ではありますが、正確にいうと補刻後印本といった方がよいと思います。現存するものはほとんどが、本書慶應義塾図書館所蔵本と同様の、恵比寿屋補刻後印本です。恵比寿屋が版木を買ってから、売れるようになったのかもしれません。こうしたわけで、本書はいささか後印本ではありますが、底本として使用致しました。版木を作り替えた箇所は、いずれも元本のかぶせ彫り*でありますので、全く本文に異同はありません。
本書は現在では、普通の本と同じように見られていますが、当時は錦絵や草双紙と同様、書籍ではなく、地本問屋で商われていたようです。各編の初丁上部には絵草紙掛名主の改印が刷られています。「福(福島和十郎)」と「村松(村松源六)」の二つの印があります。このように両印記のあるものは、弘化4年(1847)から嘉永5年(1853)の間に、改めを受けたものです。この本の出版年と合致しています。印記は様々ですが、当時の錦絵には、通常こうした改印が刷り込まれております。これを出版統制という方もおりますが、そうではありません。むしろ、海賊版が作られないよう、出版者を守るために、著作権を与えていたと考えた方がよいと思います。これをしないと、絵や本が大当たりすると、すぐ海賊版が生まれ、出版費用をつぎ込んだオリジナルの出版者の生活が成り立たなくなってしまいます。
*かぶせ彫:版木を作り直す時(再版)、新たに版下を書き改めることなく、もとの本あるいは敷き写ししたものを、裏返しにして版木に貼って彫ることをいいます。ほとんど同じよう版式になりますが、複製を作るために、もとの本を使用したわけではありません。新たな版下を頼む手間を省いたのです。
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